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「集団的自衛権の解釈変更問題 インタビューに答える」(2014/05/21)

インタビュー要旨

・安倍総理がなぜ集団的自衛権の行使を可能にすべきと考えているのか、具体的理由が不明である(5/15現在)。

 

・集団的自衛権行使は自衛隊の海外での武力行使を可能にする。

 

・内閣法4条、憲法99条の規定により、総理は憲法の解釈変更を閣議に諮ることはできない。

 

・集団的自衛権の行使を可能にするには、憲法改正の手続きに則る必要がある。

 

・憲法改正の手続きを無視し解釈改憲を行うなら、法秩序が乱れ、官僚による法の恣意的運用を可能にする。それは人権侵害を起こす。

 

・安保法制懇談会は法定審議会でないため、その結論は法的正当性をもたない。
これに依拠し解釈改憲を進めることは、平成11年4月27日の閣議決定に違反する。

 

・内閣の公権的解釈権とは、憲法65条「行政権は内閣に属する」に由来する。
集団的自衛権の行使ができないとする政府の憲法解釈は、同条にもとづく政府答弁により、国会審議を通して確立した。そのため公権的解釈を根拠に解釈変更をすることは不可能。

 

・日本国憲法の基本原理である国民主権。すべての国政上の問題はここに帰納する。
憲法改正の発議は国権の最高機関である国会にしかなく、内閣は国権の最高機関ではない。

 

以下、インタビュー内容全面掲載

 

Qそもそも集団的自衛権の行使についてどのようなお考えか?
集団的自衛権の行使というのは簡単に言えば海外での武力行使です。ですから究極的にはアフガンに米軍が行くことになった場合に自衛隊が一緒に行き、武力を行使する。イラクに行って一緒に武力を行使できる。それがいいのかどうか。

 

Q集団的自衛権の行使についてYESかNOか?
それは政府が必要と考える具体例を挙げ、国会で議論しなければ判断できない。民主党では毎週、具体的ケースの事例研究会を専門家を呼んで開いている。その中で出た議論では、例えば北朝鮮の動向により、朝鮮半島での有事が予想される場合、日米が合同で偵察に出ることがあると言う。偵察に出ている最中に、仮に北朝鮮側が米軍の飛行機や船、民間機を攻撃した場合、日本としてどう対応するか。こうした事例は集団的自衛権の行使に当たると。一方で、イラクやアフガンに米軍と一緒に行くというケースもある。このように多様なケースがある。
今回、安倍総理が進めようとしている集団的自衛権は、どのケースなのか。具体的にどういう事例を想定しているのか。それが分からない。個別自衛権で対応できるのか、集団的自衛権で対応できるのか、ケースによって異なってくるので詳細が分からない。自公の与党協議でも、これから具体的事例の検討を行うという。この現状では集団的自衛権行使の是非は判断出来ない。

 

Q民主党の中では未だ行使の適否について判断できていないことについて
総理会見が今日(5/15)夕刻だから、行使の適否について判断できるはずがない。ところで行使をOKとした時に何が起きるか。アメリカ政府から自衛隊派遣要請を受けた時に総理自身が政治生命を懸けて苦悩することになりますよ。例えば、小泉総理がそうでした。アメリカ政府からイラクに自衛隊を送って欲しいと頼まれた。非戦闘地域ということが議論になった。外務省幹部に言わせれば「『非戦闘地域』という概念は法制上のフィクション」だと。あの法案を作った外務省の幹部がそう言っているんです。あるいは福田総理の時には、洞爺湖サミットで当時のブッシュ大統領からアフガンに自衛隊のヘリを出して欲しいと頼まれ、福田総理は悩んだ末に辞職し結果として要請を断ったとも言われている。今後もこういう事態が起きた場合に、時の総理が相当苦悩することになる。私は、苦悩の結果、政権を維持しようとすれば、集団的自衛権の行使をせざるを得ないという判断にも傾きかねないと考える。そういう意味でものすごい緊張の高まりが起こりうる。

 

Q安保法制懇の「報告書」をご覧になってどんな感想を持つか
これは「報告書」ではない。平成11年の閣議決定では私的懇談会のペーパーに「報告書」という名称を付すことを禁じている。憲法の解釈についていろいろ書いてあるが、これは書いた方自身の勝手な私的解釈であり、何ら正当性がない。読んでみると、国際環境の変化や、時代の変化に応じて憲法解釈を変えるべきだ、と書かれている。しかし、これを書いている人は戦後の国会での憲法解釈に関する議論の積み重ね、つまり政府と、国民を代表する国会との、絶えまない議論の積み重ねを全く無視し、独善的な考えで書いている。

 

Q環境の変化や時代の変化と書かれているが、具体性がないと思われると?
有識者一人一人はいずれも素晴らしい方々。でも、これを書いた人は国民の代表ではない。選挙で選ばれているわけでもない。国会で法的に設置された審議会のメンバーでもない。単に安倍総理が私的に、自分の嗜好で集めたメンバーに議論させて書かせたペーパーですから。法定審議会でなく、私的懇談会だということ自体が、このペーパーの正当性を否定している。だから日当だって毎回、一回当たり18,000円しか出ていないわけだ。法定審のメンバーだったら、月90万、100万が出る。何故かといえば、それだけ国民の生活に関わる議論を法定審議会ではしなければならないからだ。その分の報酬を出す。しかし、今回の安保法制懇は私的懇談会だから、メンバーの人選に公平を期して選んでいない。だから、謝金だけ18,000円なんです。

 

Q今日(5/15)18時から安倍総理が記者会見するが、そこで具体例は出ると思うか?
報道では二つぐらい具体的事例を出すと言われているが。総理会見としては、歴史に残る汚点になるだろう。

 

Q必要最小限度の自衛権行使と安倍総理は言っているが、そのことについてはいかがか。
「必要最小限度」の自衛権に集団的自衛権は含まれない、がこれまで確定した政府答弁です。国際環境が変わったから「必要最小限度」も変わった、だから内閣による憲法の公権的解釈権で解釈変更を行う、と総理は言う。でも公権的解釈権って何だろうか。それは憲法65条「行政権は内閣に属する」に他ならないのではないか。これまで政府は集団的自衛権に関する国会答弁を積み重ねてきた。国会答弁イコール行政権の行使なんですよ。国会答弁すなわち行政権の行使を通して確定した、集団的自衛権行使は「必要最小限度」の自衛権に含まれない、という政府の認識。これを公権的解釈権で変える、「必要最小限度」に集団的自衛権行使も含まれる、なんてできないでしょう。

 

Q解釈の変更という手法については?
これは重大な憲法違反行為だ。そもそも、閣議決定で解釈変更はできない。なぜかというと内閣法の4条に閣議で議題にできることが決められている。閣議を主宰できるのは総理であり、閣議で議題に出来るのは内閣の重要政策に関する基本方針だと。ここなんです。内閣の重要政策なんです。例えば、消費税増税をどうするかや、最近ではTPPに関すること、あるいは各種法案。では、憲法解釈変更が内閣の重要政策にあたるかというと、それはあり得ない。なぜかというと憲法99条に、国務大臣、国会議員の憲法尊重擁護義務が規定されているからだ。だから憲法を尊重擁護すべき立場の総理は、自ら主宰する閣議において憲法の解釈変更を議題に出来ない。解釈変更が重要政策になり得るはずがない。そのことを安倍総理はご存知ない。この点について私はこれまで委員会審議で指摘してきている。さすがに法制局、あるいは内閣官房はこのことを分かっている。分かっているから歯に衣着せるような答弁をしている。しかし、結局、私の指摘について、世耕官房副長官も菅官房長官もきちんと答えられない。菅官房長官の答弁は、私が質問するとお付きの官僚が駆け寄って質問の意味を教えている状態だ。
解釈変更は内閣の一存では出来ません。もしそれをするなら内閣が変わった時に、また別の解釈変更を可能にしてしまいます。それでいいのか、ということです。
そして、あまりこれは指摘されていないが、憲法という最高法規、とりわけその基本原理を解釈で自由に変更するということになったら、それ以外の一般法律については官僚の恣意的な解釈を許すことになりますよ。そうすると日本の場合、官僚制オリエンテッドの国家だから、明治維新以来。どうしても官僚による恣意的な法の運用で一般国民に対する人権の侵害が起きる。私は参議院行政監視委員会で多数のそうした事例を目の当たりにしてきた。それはやはり由々しき問題である。

 

Qこれは立憲主義に反すると?
この「報告書」を書いた人が、立憲主義に反するということが分かっていない。実は3月にたまたまこの「報告書」を書いた人と直接議論する機会があった。その時、彼は私に「あなたは立憲主義をはき違えている」と主張した。今日この「報告書」を読んでいたら、彼はここでも同じフレーズを記している。要するに「~それは主権者たる国民を守るために国民自身が憲法を制定するという立憲主義の根幹に対する背理である~」という部分。つまり9条の解釈を今後も頑なに守っていくことは、日本の安全保障環境を歪めて、国民の生活を脅かす可能性があると。国民国家が武力攻撃を受けてなくなってしまっては憲法も何もない。それは立憲主義の根幹に対する背理であると、彼は言っている。しかし彼が間違えているのは、自分自身の独断でそう考えるのではなくて、そのことをあくまで国会で議論を通して国民に説明をして、最後は国民の判断で改正をしなければならないという点。そこを彼は間違えている。
一番の問題は、この点を安倍総理が認識していないことである。

 

Q国会での議論を経ずに閣議決定をするという手法について
これは言語道断。閣議決定をするということ自体が安倍総理の名前を歴史に汚点として残す。閣議決定はそもそも出来ない。憲法違反であり、内閣法違反である。総理が一人で解釈変更によって憲法を改正してしまう、そんなことをやっていいと思っているのか。
日本国憲法の原理は、国民主権だ。国民が国家権力の主体、源泉である。そのもとに国会が置かれ、国民が直接選んでいるから最高機関といえる。三つの基本原理、つまり国民主権、平和主義、人権の尊重がある。すべての日本の法律、法制は、憲法も含めて、この国民主権に帰納されるのです。何かあったときには、国民主権という原理に戻るのです。だからこそ、憲法改正という大きな局面では衆・参の発議の上で国民が投票で決めると。国民主権に帰納する。この根本的なことが分かっていないのだろう。

 

Qもし仮に変えるべきときは、解釈変更ではなく、憲法改正で国民に決めるべきということか?
なぜなら武力の行使を海外でやらせる可能性につながることですよ。それはやはり9条の平和主義の理念から明らかに超えていく話ですよ。それを国民投票にかけずに行うとはどういうことだろう。この「報告書」を書いた人は、ただ安全保障環境が変わったとか、時代が変わったなどということを述べているが、そんな理由をもって閣議決定で変えてどうしようとするのか。

 

Q一内閣で最高法規である憲法を改正しようとする動きに、風間議員は常に危惧を抱き、指摘してきた。民主党内でも相当温度差があるように思うが?
会議に出ていて思うのは、そろそろ収斂するのでないか。解釈変更による集団的自衛権の行使を是とする議員もいるが、冒頭お話した集団的自衛権の具体的事例に関して今まさに党内で勉強会をやっているところ。ただ、私は昨日の議員総会(5/14)でも言ったのだが、やはり国会がどうしても守らなければならないのは、憲法改正のプロセスを通して、変える、変えない、という判断をする点だ。この点を国会が放棄してしまったら、これはもう国会の権能否定だ。国権の最高機関だけが憲法の改正を議論し、発議できるのだから内閣は国権の最高機関ではないでしょう。この認識に民主党も収斂していくはずだ。

 

Q今後、民主党としては自民党とどう対峙していくか。
これは国会質疑を通してである。党としてのいろいろなアピールもあると思うが、基本は国会質疑だ。なぜかと言うと、国会議員が国会でこうしたテーマを質疑し、政府や官僚が答弁出来ない場合、質疑が終わった後に省庁間協議というものが行われる。各省の担当者が関連する歴史的な質疑を持ち寄って、今日の質問に対して、この部分は答弁が出来なかった、次回同じ問いをされた場合どう答えるのか、という協議をする。この過程を通して総理の恣意的な考えに歯止めをかけること。それが国会議員の役割だ。特にこういう問題については。

 

Qあくまでも国会質疑を通して政府を追及していくと?
そうです。例えば今政府が言っている、政府方針というもの。閣議決定をする前に示すとされているが、なぜああいう話が出てきたかと言うと、我々がやっている質疑によってなのです。閣議決定なんか出来ないよ、と。内閣法でそんなことは許していないよ、と。そういう我々の追及の果てに、苦肉の策で出してきたのが政府方針ですよ。
ただ、じゃあ政府方針というのが何かというと、それは「政府方針」という看板を掲げながら、単なる安倍晋三個人の腹案を表明するだけのものです。だってそうでしょう。内閣法6条にこうある。「内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針に基いて、行政各部を指揮監督する」。閣議にかけて決定した方針、ですよ。それが政府方針。だから閣議決定前に政府方針なんて出せないでしょう。憲法上日本の内閣は合議制だし、総理もひとりの国務大臣、同輩中の首席。だから総理があれこれ法的根拠のないことを言っても全く意味がない。安倍さんがどこか屋外で何か思いを叫んでいる、それと何ら変わりないのが閣議決定前に出すという「政府方針」です。国会で矛盾を指摘されて、総理も担当省庁も頭が混乱しているんでしょうね。

 

Qなるほど、では具体的に政府に対してどの当たりを追及していくのか?
解釈変更を許さないために追及する。我々国会議員の役割は、憲法、法律に基づいて、何が出来て、何が出来ないかを明らかにしていくこと。特にこの問題ではそうだ。だから、もし閣議決定で憲法を解釈変更しようとするならば、それは出来ないと言う。なぜかと言えば、内閣法にこうある、平成11年の閣議決定にこうある、だからこの懇談会の「報告書」というのは法的に全く正当性がないし、根拠がないと、総理が閣議決定で解釈変更することは不可能ですよ、と指摘をするわけです。閣議決定できる法的根拠はない。国会質疑は日本国家が続く限り、永遠に議事録、会議録として残りますから。歴史的に重要な質疑は、やがて将来同じテーマで様々な問題が提起された時に、政府内の省庁間協議で持ち上がり、そこで答弁として可能なのか、不可能なのか、それが判断されて総理、閣僚が答弁する、ということになる。ですから我々の役割は問題点を法に照らして明らかにすることです。
今、政府内で省庁担当者たちは矛盾を感じて壁にぶつかっているのだろう。国会でこういう指摘をされて(風間議員の質疑:外交防衛委員会4/3、決算委員会4/14)、憲法上、法律上、過去の閣議決定上、出来ることと出来ないことが彼らには分かっているのだけども、憲法・法を飛躍して総理が解釈変更をやろうとしている。だから政府は内部分裂状態ですよ。
ブリーフィングは行っているのだろう。総理に対して。総理からはその問題を迂回するにはどうしたらいいんだという問いが出て、政府も頭悩まして苦し紛れに政府方針などを出そうと。内閣官房も内閣法の条文を理解していないのかな。しかし、繰り返すが、それは総理個人の腹案表明に過ぎない。
最終的に私はこう思う。もし安倍総理が閣議決定を強行すれば、与党内でも当然緊張が走る。今も公明の山口代表はさんざん牽制している。しかし最後はやはり総選挙で国民の意思が問われる。ですから私は、主権者の判断により、無理を重ねた解釈変更の結着はそこでつくと思っています。この安倍政権の進め方に対して、国民の中に着実に様々な思いが積み重なっていくわけですから。来る総選挙で、国民が判断の一票を投じることになる。それが国民主権だ。

 

Q解釈改憲をさせないということだが、「立憲主義に反する」という表現をしていくか?
立憲主義という言葉は、市井の皆さんにあまりピンとこない。専門家には分かる表現かもしれないが。より具体的に、言葉をかみ砕いて話すようにしている。
やはり今回の本質は、法律のプロセス、憲法改正のプロセスというものから逸脱してはならないということだ。この問題は憲法の基本原理に関わる。この安保懇の「報告書」を書いた方が理屈を書きたい気持ちは分かりますよ、確かに安全保障環境は変わってきている。でも理屈を書こうとして、憲法の基本原理に関わることを自分たちの頭の中でうまく変えて通そうなんてことは絶対にしてはならない。そういう結果の人類の失敗はたくさんあるのだから。それが保守主義だ、本当の。(了)

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