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厚労相、遂に組織的改ざんを認める
2008年9月19日 (金) 13:32
18日の参議院厚生労働委員会閉会中審査。
舛添厚生労働大臣が、社会保険庁による標準報酬月額の組織的改ざんを遂に認めた。
その数、69000件。しかも社会保険庁のデータベースに一定の条件を入力しただけで出された数字だから
今後この数が増えることはまず間違いない。
私も厚生労働委員としてこの日の審議に参加していたが、冒頭から舛添大臣は民主党議員の質問に防戦一方。
森裕子議員に続く二番バッターの蓮舫議員の厳しい質問に応えているうち、
とうとう逃げ切れなくなり、限りなく組織的改ざんに近いという印象をもっている、と発言。
ご本人は一定の留保付きで「印象をもっている」と繰り返すのだが、マスコミは見逃さない。
質疑終了後、委員会室を出てエレベーターに乗ると、舛添大臣が走り込むように入り、追いかけて記者達が続々と乗り込んできた。
記者達は69000件という数字について、口々に再確認を求める。
舛添大臣は不機嫌な様子で記者達を振り切り、公用車で院外へ。
この問題は改めて言うまでもなく、勤務している本人に無断で、社会保険事務所職員による誘導の下、
会社が社員の給与額(厚生年金の場合、「標準報酬月額」という)を実態額より下げて届け出、
社会保険事務所は納付率のノルマを達成し、会社は会社負担分の納付額を減額できる、というもの。
16日の民主党厚生労働・総務部門合同会議に出席した都内建設業のA社長のように、
社会保険事務所職員が社長本人に無断で、社長の報酬月額を実際の58万円から、なんと最低限度額の9万8千円に減額していた、という実例もある。最終的にA社長は、会社が存続しているにも関わらず、新宿社会保険事務所の誘導により厚生年金資格を喪失させられた。民主党の内山晃衆議院議員(社会保険労務士)によると、こうしたケースを「官製違法全喪」という。
つまり標準報酬月額の改ざんは、納付率のノルマを達成したい社会保険事務所が組織的に行っていた刑事犯罪なのである。
それにしても痛感するのは社会保険庁という組織がどうにもならないほど腐敗している、という事実。
そしてこの組織を改革する政治力は、舛添大臣には全くないという実態。
舛添大臣が国会で声を張り上げて全容解明、責任者処分を訴えても、社会保険庁職員にはどこ吹く風。
大臣が国会で言明した解決方針、約束した実態解明が全く社会保険庁内に浸透せず、顧みられず、民主党の部会に出席する担当職員たちが平気でサボタージュする姿を、これまで何度目にしたことだろうか。
平成22年から、社会保険庁は「日本年金機構」に衣替えすることが決まっている(自民党が政権与党であり続ければ、だが)。しかし単なる衣替えでなく、民主党が訴えるように、強力な内部監察制度を有する国税庁に吸収させ、「歳入庁」として生まれ変わり、国税情報を併せ徴収に当たってこそ現在の問題が根本から改善されるのではないだろうか。
昨日の定例会見で、町村官房長官は記者から舛添大臣の発言への感想を求められ、「そんなことを言ったんですか?」と驚きつつ「言葉が走りすぎている感じがする」と不快感を露にした。総選挙目前のこの時期に、与党に不利になる事実を公表すべきでない、との考えが先立ったのだろう。
しかし町村氏の発言は国民感情とあまりにも乖離していないか。
前述のA社長や、麹町社会保険事務所に同様の誘導を受けた会社社長、相馬氏が提出した資料に目を通せば
社保庁が何を行ってきたのかは一目瞭然。その報道を目にした国民が怒るのも当然。
政府のスポークスマンとして、町村氏はその怒りを感じないのか。
最高権力者の風格
2008年9月11日 (木) 16:02
過日支持者宅を訪問した際、壁に飾られている一枚の写真が目に留った。
二人の政治家が並んでグラスを持ち、カメラに視線を向けるモノクロ写真。
在りし日の田中角栄元首相と大平正芳元首相である。
おそらく、パーティーでのショットであろう。
大平が四十日抗争後、総選挙の最中に死去したことを考えれば、氏の総理在任中か、あるいは幹事長、外務大臣在職当時に撮られたものか。
二人の姿からは、最高権力者が備える風格と迫力が圧倒的に滲み出ている。
日本政治を総覧し、その表裏を知悉しているという自負。
壮絶な権力闘争を潜り、総理総裁の座を手中にした自信。その自分以外に国を導く者はいないという確信。
それらが醸し出す風格と迫力である。
吉田、鳩山、石橋、岸。
池田、佐藤、田中、三木。
福田、大平、鈴木、中曽根。
戦後、少なくとも「三角大福中」と言われた時代まで、最高権力者にはそれがあった。
そしてこの時代は「自民党戦国史」と形容されるほど、激しい権力闘争が演じられた時でもあった。
翻って今、相次ぐ総理の辞任を目の当たりにし、国民はいつしかその座から風格と迫力が失われたことに気づくのではなかろうか。ではそうなったのはなぜか。
橋本元総理以降、福田総理に至る全ての総理は政治家を親にもつという事実。
そして現在、衆参両議員の約19%、衆議院議員だけでは約25%もが二世、三世議員といわれる実態。
故早坂茂三氏は、1987年の「中曽根裁定」で竹下登が安倍晋太郎を凌いで後継総裁に指名された理由を「二人がかいくぐった修羅場の数の違い」と喝破した。
挫折を味わったことのない政治家が増えたこと。そして総理の座へ就くに至る権力闘争が、小選挙区制の導入に伴う党執行部の強化により、小泉退任以降極めて矮小化したこと。
現代日本政治を取り巻くそうした事情が、政治家から闘争をする気迫を奪い、ひいては風格の喪失を招いているのではないか。
国運を担わんとする気概。
国民生活の安定を図るべき責任の自覚。
それは表裏一体である。
前者が薄ければ、後者は自ずと弱い。
それは国民にとり悲劇である。
福田総理の辞任は、その心性にこの気概が薄かったことを図らずもさらけ出した。
乱世の日本を導く最高権力者の要件のひとつは国民生活安定の為にこそ政治闘争を厭わない気迫なのである。そのことを自らに改めて銘記した今回の政変であった。
ホームページリニュアルにあたり
2008年9月3日 (水) 09:00
早いもので昨年の当選から1年が経過しました。
「政界の一寸先は闇」とは自民党幹事長を務めた川島正次郎の言葉ですが、福田総理の突然の辞任表明は、永田町の闇の深さを改めて垣間見せました。
解散総選挙も年内に行われる公算が強いと思われます。
そんな折、HPを一新してブログを設けることに致しました。
日々の国政運営に思うこと、委員会審議の感想等、これまでもその瞬間に発信したいと思うテーマが数多くありました。
これを機に、折々の思惟をここに記していきたいと考えています。


