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拉致問題特別委員会で質問
2008年12月12日 (金) 18:11
久しぶりに開催された拉致問題特別委員会。
そこで3回目となる質疑をした。
今日の質疑のポイントは2つ。
1. 小泉初訪朝時、外務省の田中均アジア大洋州局長の交渉相手となった、北朝鮮の「ミスターX」がどのような組織に所属する人物だったのか、中曽根外相、河村官房長官は知っているのか否か。
2. 知っているのであれば(知らないことは許されないのだが)、ミスターXを交渉窓口としたことをどのように評価しているのか。
過去の日本の対北朝鮮交渉には、ひとつの許されざる特徴がある。
それは北朝鮮外務省の外交官ではなく、一貫して工作機関や秘密警察所属の人物を交渉相手としてきたことだ。
外交官と工作機関要員。その違いは何か。
交渉相手との「信頼」を基調とした交渉を行うか、そうでないかである。
そのため、米国は一貫して北朝鮮外務省を交渉窓口としている。
北朝鮮の工作機関とは統一戦線部と呼ばれる対南工作を任務とする組織であり、
秘密警察とは国家安全保衛部という組織である。
日本は95年頃からの対北朝鮮交渉で、
まず統一戦線部担当の書記だった金容淳(キムヨンスン)、更には同部要員だった黄哲(ファンチョル)を窓口とし
この間、金容淳の失脚を防ぐために大量のコメ支援を行った(その結果がどのようなものだったかは、質疑の映像をご覧頂きたい)。
また続いて国家保衛部幹部で当時46歳の「ミスターX」を交渉相手とし
拉致実行を「認定」すれば(拉致被害者全員を帰国させれば、ではなく)
03年1月1日から国交正常化し
北朝鮮に100億ドルの経済支援を行うことを記した「覚え書き」を手交していたと言われる。
こうした過去の交渉の異常性を理解してこそ、今後の交渉への教訓として活かされるのである。
質疑において、中曽根外相、河村官房長官が何と答えたか、
またこうした過去の交渉の実情を理解しているのかどうか。
映像をご覧頂きたい。
今日から委員会審議始まる
2008年11月11日 (火) 14:25
8時、民主党厚生労働部門会議。労働基準法改正案、児童福祉法改正案の法案審査。
続いて年金問題についてヒアリング。
1 「標準報酬遡及訂正事案等調査委員会」について厚生労働省より
2 改竄に関する二万人の戸別訪問調査について社会保険庁より
3 来年度送られる「ねんきん定期便」の様式について社会保険庁より
4 中央第三者委員会申立事案について、総務省、社会保険庁より
5 その他前回会議までの要請事項について社会保険庁より回答
長妻衆議院議員の要請で出席予定だった厚労省官房長が姿を現さず、
会議は紛糾、中断。
8時20分、外交防衛部門会議。
田母神問題、および6月に派遣されたアフガン政府調査団の調査結果について。
9時20分、国会内図書館へ。
NewYork Times掲載の大統領選挙結果関連記事を閲覧。
図書館に入っている紙面は5日付けのものが最新。
米国の新聞は通常3日遅れで入ってくるらしい。
5日付け紙面は別冊『Election』で選挙特集。担当者にコピーを依頼し、委員会へ。
10時、厚生労働委員会。
臨時国会の委員会審議は今日がスタート。大臣所信のみで20分程度で終了。
10時25分、第一委員会で開催されている田母神前航空幕僚長参考人招致を傍聴へ。
民主党は浅尾慶一郎、犬塚直史両参議院議員が質問。
今日の出来事
2008年10月30日 (木) 12:50
14時、長妻昭衆議院議員と共に経済評論家の中前忠氏を訪問。
泉田知事、選挙支援御礼に来訪
2008年10月29日 (水) 15:32
泉田裕彦新潟県知事が、10月19日に投票が行われた知事選挙への支援御礼のため、民主党本部に来訪された。
民主党の出席者は鳩山由紀夫幹事長、平野博文幹事長代理、菊田真紀子衆議院議員、風間の4名。
約40分にわたる会談では、和やかな雰囲気の中、様々な意見が交わされた。
4年前、中越地震が発生した2日後に、初当選後の知事が就任されたということもあり
会談はまず民主党の被災地支援に対する御礼で始まった。
続いて知事は、度重なる折衝を経て、与野党が共同で成立させた「被災者支援法」が
被災地の復興に極めて役立っていると述べ、強い感謝の意を示された。
このやりとりの中では、興味深い震災対応の際のエピソードも。
また泉田知事は選挙中、新潟県内各地を回る中で農家への個別所得補償制度の必要性を
強く感じたといい、新潟県がモデルケースとなって全国で初めてこの制度を導入する
ことへの強い意欲を語られた。
私も過日NHKBSで放映された、イギリスにおける戸別所得補償制度を紹介し、
知事の意気込みにエールを送った。
イギリスの場合、戦後間もなく食料自給率が40%代まで低下したことから
政府が食料自給率の向上を主目的として戸別所得補償制度を導入。
現在その額は年間約5000億円に上る。
その結果、食料自給率は70%にまで上昇。
同時にこの制度が農村山間部の山林保護を実現し
「ナショナルトラスト」と並びイギリス田園地方の
伝統的な環境、風景を保護することにも繋がっているという。
得票数では過去3番目の好結果で再選を果たした泉田知事。
今後の県政発展に一層手腕を発揮されることを期待したい。
厚労相、遂に組織的改ざんを認める
2008年9月19日 (金) 13:32
18日の参議院厚生労働委員会閉会中審査。
舛添厚生労働大臣が、社会保険庁による標準報酬月額の組織的改ざんを遂に認めた。
その数、69000件。しかも社会保険庁のデータベースに一定の条件を入力しただけで出された数字だから
今後この数が増えることはまず間違いない。
私も厚生労働委員としてこの日の審議に参加していたが、冒頭から舛添大臣は民主党議員の質問に防戦一方。
森裕子議員に続く二番バッターの蓮舫議員の厳しい質問に応えているうち、
とうとう逃げ切れなくなり、限りなく組織的改ざんに近いという印象をもっている、と発言。
ご本人は一定の留保付きで「印象をもっている」と繰り返すのだが、マスコミは見逃さない。
質疑終了後、委員会室を出てエレベーターに乗ると、舛添大臣が走り込むように入り、追いかけて記者達が続々と乗り込んできた。
記者達は69000件という数字について、口々に再確認を求める。
舛添大臣は不機嫌な様子で記者達を振り切り、公用車で院外へ。
この問題は改めて言うまでもなく、勤務している本人に無断で、社会保険事務所職員による誘導の下、
会社が社員の給与額(厚生年金の場合、「標準報酬月額」という)を実態額より下げて届け出、
社会保険事務所は納付率のノルマを達成し、会社は会社負担分の納付額を減額できる、というもの。
16日の民主党厚生労働・総務部門合同会議に出席した都内建設業のA社長のように、
社会保険事務所職員が社長本人に無断で、社長の報酬月額を実際の58万円から、なんと最低限度額の9万8千円に減額していた、という実例もある。最終的にA社長は、会社が存続しているにも関わらず、新宿社会保険事務所の誘導により厚生年金資格を喪失させられた。民主党の内山晃衆議院議員(社会保険労務士)によると、こうしたケースを「官製違法全喪」という。
つまり標準報酬月額の改ざんは、納付率のノルマを達成したい社会保険事務所が組織的に行っていた刑事犯罪なのである。
それにしても痛感するのは社会保険庁という組織がどうにもならないほど腐敗している、という事実。
そしてこの組織を改革する政治力は、舛添大臣には全くないという実態。
舛添大臣が国会で声を張り上げて全容解明、責任者処分を訴えても、社会保険庁職員にはどこ吹く風。
大臣が国会で言明した解決方針、約束した実態解明が全く社会保険庁内に浸透せず、顧みられず、民主党の部会に出席する担当職員たちが平気でサボタージュする姿を、これまで何度目にしたことだろうか。
平成22年から、社会保険庁は「日本年金機構」に衣替えすることが決まっている(自民党が政権与党であり続ければ、だが)。しかし単なる衣替えでなく、民主党が訴えるように、強力な内部監察制度を有する国税庁に吸収させ、「歳入庁」として生まれ変わり、国税情報を併せ徴収に当たってこそ現在の問題が根本から改善されるのではないだろうか。
昨日の定例会見で、町村官房長官は記者から舛添大臣の発言への感想を求められ、「そんなことを言ったんですか?」と驚きつつ「言葉が走りすぎている感じがする」と不快感を露にした。総選挙目前のこの時期に、与党に不利になる事実を公表すべきでない、との考えが先立ったのだろう。
しかし町村氏の発言は国民感情とあまりにも乖離していないか。
前述のA社長や、麹町社会保険事務所に同様の誘導を受けた会社社長、相馬氏が提出した資料に目を通せば
社保庁が何を行ってきたのかは一目瞭然。その報道を目にした国民が怒るのも当然。
政府のスポークスマンとして、町村氏はその怒りを感じないのか。
最高権力者の風格
2008年9月11日 (木) 16:02
過日支持者宅を訪問した際、壁に飾られている一枚の写真が目に留った。
二人の政治家が並んでグラスを持ち、カメラに視線を向けるモノクロ写真。
在りし日の田中角栄元首相と大平正芳元首相である。
おそらく、パーティーでのショットであろう。
大平が四十日抗争後、総選挙の最中に死去したことを考えれば、氏の総理在任中か、あるいは幹事長、外務大臣在職当時に撮られたものか。
二人の姿からは、最高権力者が備える風格と迫力が圧倒的に滲み出ている。
日本政治を総覧し、その表裏を知悉しているという自負。
壮絶な権力闘争を潜り、総理総裁の座を手中にした自信。その自分以外に国を導く者はいないという確信。
それらが醸し出す風格と迫力である。
吉田、鳩山、石橋、岸。
池田、佐藤、田中、三木。
福田、大平、鈴木、中曽根。
戦後、少なくとも「三角大福中」と言われた時代まで、最高権力者にはそれがあった。
そしてこの時代は「自民党戦国史」と形容されるほど、激しい権力闘争が演じられた時でもあった。
翻って今、相次ぐ総理の辞任を目の当たりにし、国民はいつしかその座から風格と迫力が失われたことに気づくのではなかろうか。ではそうなったのはなぜか。
橋本元総理以降、福田総理に至る全ての総理は政治家を親にもつという事実。
そして現在、衆参両議員の約19%、衆議院議員だけでは約25%もが二世、三世議員といわれる実態。
故早坂茂三氏は、1987年の「中曽根裁定」で竹下登が安倍晋太郎を凌いで後継総裁に指名された理由を「二人がかいくぐった修羅場の数の違い」と喝破した。
挫折を味わったことのない政治家が増えたこと。そして総理の座へ就くに至る権力闘争が、小選挙区制の導入に伴う党執行部の強化により、小泉退任以降極めて矮小化したこと。
現代日本政治を取り巻くそうした事情が、政治家から闘争をする気迫を奪い、ひいては風格の喪失を招いているのではないか。
国運を担わんとする気概。
国民生活の安定を図るべき責任の自覚。
それは表裏一体である。
前者が薄ければ、後者は自ずと弱い。
それは国民にとり悲劇である。
福田総理の辞任は、その心性にこの気概が薄かったことを図らずもさらけ出した。
乱世の日本を導く最高権力者の要件のひとつは国民生活安定の為にこそ政治闘争を厭わない気迫なのである。そのことを自らに改めて銘記した今回の政変であった。
ホームページリニュアルにあたり
2008年9月3日 (水) 09:00
早いもので昨年の当選から1年が経過しました。
「政界の一寸先は闇」とは自民党幹事長を務めた川島正次郎の言葉ですが、福田総理の突然の辞任表明は、永田町の闇の深さを改めて垣間見せました。
解散総選挙も年内に行われる公算が強いと思われます。
そんな折、HPを一新してブログを設けることに致しました。
日々の国政運営に思うこと、委員会審議の感想等、これまでもその瞬間に発信したいと思うテーマが数多くありました。
これを機に、折々の思惟をここに記していきたいと考えています。


